間違いを認めるのは難しい

 間違いといっても、いろいろある。
 認めるのが簡単な間違いもあれば、難しい間違いもある。
 認めてるんだけども、それを発表する機会を作ることができない場合もある。

 よくあるのが、雑談の時に話した内容が、後になって間違いを含んでいたことに気がついた時。
 アレは間違いでした、そう言いたいのだが、雑談だったから、もう話題として振ることは出来ない。次にその話題になった時に訂正するしかない。
 もしかすると、訂正するまでに、僕のいったことを信じて他の人に言ってしまわないか、とか、何か別の機会にその話題を見て間違いに気づき、僕のことを嘘つきとか知ったかぶりとか思わないか、とか、いろいろグルグルと頭の中を負の考えがよぎる。

 昔は間違いじゃなかったけど、今では間違いである、そういうのも困る。
 自分の中では訂正できても、過去やってきたことは訂正できない。
 間違いでしたっていうわけでもないので、自分の中でも間違いを認めるのがつらい。
 説明しても、言い訳と思われないか、とか、ただ単に、間違ってるやん、そう思われるのがつらい。

 出来るだけ間違いに気づいた時はすぐに訂正するようにしている。社会人としての常識でもある。間違いを早めに気づき、早めに訂正できなければ、他の人にも迷惑をかける場合も多々ある。直すのは早い方が良い。
 これは他の人の間違いも同じ。他の人の訂正もさっさと受け入れ、さっさと許す。わだかまりを残さないことが、次回への良策だ。
 勿論、一度間違えたことと同じ様な間違いは二度としない、それが前提だ。
 普通は一度間違えたら次からは気を付けるのだが、たまにボーッとしている場合は危険だ。だから、常にある程度の緊張感を持って生きる。

 基本的に、最初に間違うのは当たり前でよくあること、そういう考え方を持って、自分の間違いは認め、人の間違いを許す。

 自分でも気をつけなければいけないと思ってはいるのだが、なかなか難しい。
 ついつい「ここは間違っていたけど、そこはあんたの間違いだろ」とか言いたくなってしまうのを抑えるのはなかなか疲れることだ。

 自分の言いたいことが相手に伝わらない場合も、相手を責めたりバカにしたりするのではなく、自分の伝える能力不足だと考え、自省し、「僕の言い方が悪かった」、そう言えるようになろうと努力する。

 しかし、何を言ってもわからない奴はどうしようもない。論理的に考えられない奴は。お前のプライドやポリシーはなんだ?
 それを許せるような、出来た人間にはなかなかなれない。

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